合宿
著者:るっぴぃ


 皆さん、知っていますか?
 彩桜学園には高校一年時に宿泊研修なるものが予定されていることを。
『みんなで仲良くなりましょう』
 そんな目的のために予定されているようなもので4月の上旬に行われている。
 そして自称‘委員会'の連中は全員1年……。この時点で何か危ないと考えなければならなかったはずだった。
 でも入学以来のどたばたのせいで僕はそれを忘れていた。
 その結果起こったことをここに記そうと思う。
 広めるためではなく、2度と同じことが起こらないように……。

    *

 その日の朝は部屋に飛び込んできた叫び声から始まった。

「起きろ! 朝だぞ!」

 うう……、眠い……。
「朝だ! 今日は宿泊合宿だぞ! さっさと起きんか!」
 こんな朝っぱらから誰……?
 眠いから寝かせて――
「起きんかー!!」
 がたがたたん!
 その瞬間、大きな音と背中に走る痛みが自分の位置がベッドの下だと強引に理解させた。
「痛た……。一体何が……?」
 女子生徒が部屋の中で暴れまわっていた。多分もうわかってると思うけど、竜崎吉能その人だ。
 飛鳥は我先にと飛び起きて被害を免れたらしい。くそう。
 入口のところにはルネも立っていてすっかりここを‘委員会’の会議場にするつもりらしい。ここ、男子寮なんだけどな……。
「…………、はぁ…………」
 もともと6時半起床でいつもより早く起きる予定だったけど、いくらなんでも6時に起こさなくてもいいじゃないか……。
 今頃になって鳴り始めた時計がやけに恨めしかった。

    *

「というわけでこの4人で班行動する! 何か意見は?」
「「「……」」」
 僕、渡貫裕貴と沼部飛鳥、朽木・ルネ・朽葉の三人は呆れとか興味とか、微妙に違う感情ながらも互いに沈黙した。
 僕がどの感情だったかは察してほしい。
「……、で? 何で今そんなことを?」
「昨日の夜に決めたからだが?」
 班決めは昨日までだった気がする。
「大丈夫だ。どうせゆるい合宿だし」
 主目的が「交流」だからかこの合宿は確かにゆるい。班が決まっていたとしてそれで動かない人も多いと聞いている。だが。
「だから何で今この時間に言いに来たんだ!」
「善は急げという諺も知らないのか?」
「急がば回れという諺をぜひ脳内に入れてやってくれ……」
「私は異存なしですわ」
「俺も……、もういい、勝手にしてくれ……」
「僕ももういいよ……、はぁ……」
 こうして宿泊合宿の朝は騒々しく始まった。

    *

 宿泊合宿の目的地はとある山奥だった。
 人数がそこそこ多くなるので電車で何回かに分乗して、の形になる。
 今は電車待ちをしているんだけど……。
「ずいぶんと人が多いですわね」
「全くだ。蒸し暑いぐらいだ」
「それには俺も賛成だ。さっさと着かねぇかな」
 すでに固まっている3人の姿があった。
 この3人がちょっと目立つのだ。
 竜崎は入学直後に各クラスへ突撃したとか言う噂がまことしやかに囁かれているし、そしてそれは事実だったりもする。一体何で回ったのかは興味がないな。
 ルネは4月初めなのに“転校”してきた帰国子女。彼女も、なぜこの時期の転校なのかは聞いていなかったな……。
 飛鳥は複数の部活を掛け持ちし、時に助っ人を頼まれる万年運動能力賞受賞者。
 さらに3人ともそこそこ背が高いからこの3人が集まっているとけっこう目立つのだ。
「ユウキ、貴方が何を考えているかはわかりませんけど、老婆心ながら言わせてもらうなら貴方も十分奇人の範疇に入りますわよ?」
「わかってるよ……。新聞部だしね……」
 新聞部は取材という名目で色々な人に話を聞くので露出が多く、目立つ。そういう意味ではこの‘委員会’、奇人ばっかりだなぁ……。いや、僕は入ってないけど。
「あ、ちょっとトイレ行ってくる」
 飛鳥には悪いがちょっとの間だけでも彼女たちから離れていたかった。
 僕の日常が、崩れていくような気がしたから。

    *

「あ、神前くん」
「ん? 渡貫か。どうした?」
「ああいや、別に何かあるわけじゃないんだけどね。それよりも君の双子の妹は一緒じゃないの?」
「こんな時まで一緒でいられるかよ。いつも一緒なんだぞ?」
「あはは……、そうだったね」
 神前蓮くんはこの前、取材で知り合った。
 双子で彩桜に来ていて、よく一緒にいるところを見るから今日もそうかなと思ったんだけどどうやら違ったみたいだ。
 多分、一緒にいたら制服以外では見分けられなかっただろうけど……。
「お前こそあの目立つ連中は一緒じゃないのか?」
「……まあ、ちょっとね」
「――そうか。まあ頑張れよ!」
「うん、そうだね。君もあんまり妹と喧嘩ばっかりしない方がいいよ?」
「あ、そういえば華、今日は弁当に何も仕込んでねぇだろうなッ!」
「は、ははは……。あ、電車が来た。それじゃあね」
「ああ、またな!」
 快速電車は緩やかに止まると生徒たちを呑み込む。その波にもまれながら僕は思う。
 ……やっぱり落ち着くな。

    *

「おーほほほほほほほほ! アスカ、大富豪で私に勝つのは無理ですわよ!?」
「くっそおおおおおお! もう一回だ!」
 ヒートアップしているのが誰かは、言わなくてもわかると思う。
 ルネは圧倒的すぎる強さで他を圧倒していた。どれだけメンバーや人数、ローカルルールを変えても一人だけ大富豪になり続ける。それとは対照的なのが飛鳥で、これまでの数十回の対戦で一度も大貧民以外を経験していない。二人とも神か悪魔が憑いているとしか思えない運だった。
 ちなみに他の種目でもこの順位は変わらなかった。運の要素が入り込むゲームでも変わらないのだから恐ろしい……。
 僕と竜崎はそんなワンサイドゲームに飽きて眺めているだけの置物になっている。
「まさかこんなにもつまらないゲームになるとはな……」
「そうだね……」
 ……ぐったりと疲れながら、僕はそう相槌を打つしかなかった。

    *

「おーい、渡貫、沼部! こっちだこっち! ちょっとこっちこい!」
 振り返ると1年5組担任の数学教諭が僕たち二人を呼んでいた。嫌な予感がする。
「何ですか?」
「ああ、お前らに部屋替えの通知書だ」
「部屋替え?」
「教員控室の目の前だ。何でも学年主任直々の命令らしい。一体何やらかしたんだ?」
「算数先生、俺らは別に何もやってないっすよ?」
「算数と呼ぶな! 私の名前は辻三数(つじ みつかず)だと言っているだろうが!」
「いや、だってその名前で数学教師なんてやってるから……」
「よし沼部、いい度胸だ。帰ったらたっぷり説教してやる。……まぁ何もないんだったらいいんだが、何かあったら言えよ?」
「はい、ありがとうございます。辻先生」
「よし。じゃ、もう行け」

 部屋に入ると先客が二人いた。
「「…………」」
「あら、遅かったですわね。どうかしたんですの?」
「どうせ教師にとっつかまってたりしたんだろ?」
「「何でお前らがここにいるんじゃあああああ!」」
「叫ぶことはないだろう。ただ単に隣の部屋というだけだ。あ、すまない裕貴。この写真を借りたぞ?」
「写真……? 一体何の――」
 踊り狂っている学年主任の姿が、そこにはあった。
 ……というか、これを使って部屋を強制的に動かしたらしい。ヤバくないか、それ。
「心配する必要はあるまい。案外簡単に陥とせたしな」
 明日からの我が身が心配になるようなことをしてくれていた。うぅ……。
「徹夜許可も取ってきたし、騒ぐぞ!」
「ええ! まずは何をします?」
「怪談か、恋バナか、ゲームに興じるかそんなところじゃないか?」
「飛鳥!?」
「どうせ過ぎちまったことは仕方がないさ。だったら楽しんだ方がましだ。つうことで裕貴、恋バナしろ」
「ねぇよ!」
「じゃあ怪談でもいいや。さっさと何か話せ」
「何で俺なんだよ!?」
「「「面白いからに決まって{いるだろ・いますわ}!!!」」」
「……」
 結局、夜通し騒いで一睡も出来なかったのは仕方がないと思う。

    *

 帰り着いたとき、真っ先に僕を迎えてくれたのは猛烈な眠気だった。
 あの後、共同作業やら自由時間やらがあったけど移動時間を含めた全ての時間で彼女たちは騒ぎ続け、僕はこうしてベッドの中で呻いている。
 それでも途中途中で休んでいたらしい女性陣と体力馬鹿の飛鳥はほとんど疲れた様子を見せなかった。
 ああ、今日もパソコンをいじる時間はないかな……。
 眠い……。
 …………。
 いつ眠りに落ちたのか、僕は覚えていない。



あとがき

はい、なんだかんだルネが活躍していない宿泊合宿の第4話でしたがどうだったでしょうか?
吹雪さん、神前蓮くんを借りさせていただきました。ありがとうございました。
多分そろそろ4人目が出てきてくれるはずです。
それではまた第5話でお会いしましょう。



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